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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2326号 決定 1966年12月09日

申請人 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド

右代表者「日本に於ける代表者」 ウイリアム・ホワイト

右代理人弁護士 斉藤直一

<ほか二名>

被申請人 成島道子

右代理人弁護士 中村洋二郎

<ほか二一名>

主文

被申請人は、東京都千代田区丸の内三丁目一四番地東京商工会議所ビル六階北東隅所在の申請会社電話交換室に立入ってはならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

当事者双方の提出した疏明資料によって当裁判所の一応認定した事実及びこれにもとづく判断は次のとおりである。

一、申請人は、本店をアメリカ合衆国デラウエーア州ドーヴァーサウスステート・ストリート一二九番地ユナイテッド・ステーツ・コーポレーション・カンパニー内に、日本における営業所を肩書地にそれぞれ有するアメリカ合衆国デラウエーア州法によって設立された資本一〇、〇〇〇米弗の会社で旅客及び旅行サービス業務等を営むものであり、(以下、「申請会社」と略称する)、被申請人は、申請会社肩書地と同一の場所に日本における営業所を有する申請外ザ・アメリカンエクスプレス・コンパニーインコーポレイテッド(アメリカン・エクスプレス銀行、以下単に「申請外銀行」と略称する)に電話交換手として雇われ勤務していたところ昭和四一年八月一二日申請外銀行から即時解雇の意思表示を受けたものである。

二、申請外銀行は本店を亜米利加合衆国コネチカット州ハートフォード・メインストリート七五〇番に有し、亜米利加合衆国コネチカット州法によって設立された銀行業務等を営む資本六、〇〇〇、〇〇〇米弗の会社であって、もとより申請会社とは、取締役も、日本における代表者も被傭者も異にする別個の会社であるが、同一資本系統に属し、ひとしくアメリカン・エクスプレスの名称を商号の各一部に使用し、取引上密接な提携関係に立ついわゆる「姉妹会社」であるところから、申請会社は、昭和三五年八月一六日東京商工会議所からその所有の東京商工会議所ビルディング六階中主文第一項記載の電話交換室(以下、「交換室」と略称する)を含む一九六坪三六(六四九・一二平方米)を営業所として賃借すると共に、あらかじめ賃貸人の同意を得た上、その一部を互に往来の自由な状態で申請外銀行に営業所として使用(専用又は申請会社と共用)させて来た。特に右電話交換室は、申請会社加入電話のため用いる申請会社所有の内線電話機の一部の共同使用を対価を得て申請外銀行に許す関係もあって昭和三六年三月一日以降交換手一名または二名によって操作することのできる申請会社所有の構内電話交換機一式を設備し、当初はいずれも申請外銀行の使用人である被申請人を含む交換手三名で交替操作していたが、昭和三七年頃からは申請外銀行において被申請人を含む交換手二名、申請会社において交換手一名、昭和四一年一月一八日からは申請外銀行において交換手としては被申請人一名のみ、申請会社において交換手一名をそれぞれ提供して右操作にあたらせていた。しかし昭和四一年七月一日申請外銀行の日本における代表者に就任(同年八月五日登記)したイー・エッチ・マリオットは電話の通話度数が発受信とも大部分申請会社に属するものである一方前記交換室の隣りで両者の共同利用するテレックス(加入電信機)が多く申請外銀行によって利用されている実績に鑑み、申請会社の日本における代表者ウイリアム・ホワイトと協議し、その結果その頃申請外銀行と申請会社との間に、昭和四一年八月一三日以降交換機の操作は専ら申請会社の交換手にこれを担当させ、テレックス事務は専ら申請外銀行の従業員にこれを行わせる旨の約定が成立した。

そこで、前記マリオットは、同年七月中被申請人に対し「前記約定にもとずき電話交換事務は申請会社東京営業所の方で行うことになり、申請会社では八月一日から電話交換手一名を新規採用するから二週間ほどこれに交換事務を教えてもらいたい。なお、被申請人は申請外銀行が右電話交換事務から手を引くに伴い、他の事務に従事するか。申請外銀行から退職するかいずれかを選べ。」という趣旨の申渡しをしたが、被申請人はこれに対し、そのような問題は被申請人個人の問題ではないから組合とも相談してみる」と答えて依然従来どおりの交換事務に従事し、マリオットから再三催促を受けながら「他の事務に従事するか、退職するか」の回答をしなかったので、遂に昭和四一年八月一二日マリオットから被申請人に対し、回答期限とされた同日午後四時までに右回答をしなかったことを理由として即時解雇の意思表示をした。他方申請会社は、昭和四一年八月一三日以降同会社の交換手二名をして二交替制(ただし、欠勤の場合、申請外銀行テレックス係吉原某を申請会社のパートタイマーとして使用することがある)で前記交換室における交換事務をとらせているが、被申請人は、同日右交換室に立入ろうとしてマリオットから「立入ってはならない」と言って阻止され、また同年同月一七日以降右交換室入口の扉に申請会社により同会社マネージャー、前記ホワイト名義で被申請人の立入りを禁ずる旨の貼紙がなされたに拘らず、前記解雇後も引続き勝手に右交換室に立入り、申請会社交換手の休けい中交換台についてこれを操作しており、今後もこれを続けるつもりでいる。

三、以上の事実関係からみると、おそくとも昭和四一年八月一三日以降前記交換室は専ら申請会社の占有するところであり被申請人は申請会社の意に反して右交換室に立入ることにより申請会社の右占有を現に妨害しているものというべく、右占有妨害は今後も繰返される虞が現存するものと一応認めることができる。

そして、専ら申請会社において占有し且つ出入口の扉に前示のような貼紙をしてある前記交換室に、申請会社の使用人でない被申請人がこれを無視して勝手に立入り、申請会社使用人の操作すべき交換機を操作することは、それ自体申請会社の業務秩序を乱すものであって業務の妨害たるを失わないのみならず、いわゆる「占有の訴」といえども確定判決を得るまで相当の時日を必要とする現状においては、申請会社は仮処分の方法により被申請人の右立入りを禁止しなければ、著しい損害を蒙るものと認むべきである。

然りとすれば、申請人には、その交換室についての占有妨害排除請求権を被保全権利として被申請人に対し立入禁止の仮処分を求める必要性があるものといわなければならない。

四、被申請人は、(1)申請会社と申請外銀行とは一体であり、しかも申請外銀行の被申請人解雇は明白な不当労働行為であるから、申請会社は被申請人の本件交換室への立入を拒む権利はない、(2)申請会社が本件交換室につき被申請人に対し占有妨害排除請求権を有するとしても、その行為は申請外銀行の団結権侵害行為に加担してこれを完遂させ、憲法二八条、労働組合法七条を蹂躙することになるから、権利の乱用として許されない、と主張する。

しかし、仮りに申請外銀行の被申請人解雇が不当労働行為であるとしても、右主張は理由がない。何故ならば、申請会社と申請外銀行とが、資本、商号、取引、日本における営業所等において極めて密接な関係を有することは前述のとおりであるけれども、他面、両者の設立された準拠法、日本における代表者は全く別異であり、使用人に対する給与支払等経理関係も互に独立していることが認められるので、両者を一個の経営体と認めることは到底できないのみならず(仮りにこれを一体と見たところで、被申請人としては、労働者の団結権ないし前記各法条を根拠として使用者の禁止に反して従来の職場に強いて立入り自己の労務の給付につき受領を強制し得べきかぎりではない。)、申請会社に申請外銀行の不当労務行為援助の意図があるとは認められないからである。

若し、申請会社から本件交換室への立入りを禁止されたことにより被申請人の蒙る損害があるならば、それは一般不法行為の法理によって解決すべきであって、申請人に対し被申請人の本件交換室立入りを受忍する義務を課すべきではない。

五、以上の次第であるから、本件仮処分申請は主文第一項の限度で認容すべきものと認め、申請人に保証として金一〇万円を供託させた上、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 西村四郎)

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